2006年一学期 .

■今週のせいやくん 2006年8月4週目 (みほこ先生レポート)

もうすぐ2学期が始まります。─────────8月31日
不安いっぱいでスタートした勤務でしたが、せいやくんはもちろん、せいやくんの周りの方たちに助けられて1学期を過ごす事ができました。思えば、せいやくんたちはクラス替えがなかったので、新人(^_-)-☆?で浮いていたのは、先生2人とわたしたち看護師二人だったんですよね。せいやままの素晴らしいケアに圧倒され、せいやくんはもちろん、クラスのお友達からも「それはだめ、せいやくんのはこうするの」とか「こういう時はこうするのよ」と教えられながら始まった1学期でした。今までも紹介されていますが、クラスのお友達はいろんなことを本当に自然に行っています(もちろん、学年、クラス関係なくの場面もたくさんあります)。そのうえ、新人のわたしたちへは、心配りが感じられる場面もありました。そんな学校生活にホッと心がなごまされました。せいやくんと周りの人たちから元気や素敵な気分をたくさんもらいました。だから、仕事の始まりが待ち遠しいです。素敵なみんなに早く会いたいと思っています。周囲の人たちにうらやましいと言われてちょっと得意げな気分でのスタートです!(^^)!

■今週のせいやくん 2006年7月3週目 (えみ先生レポート)

体育がありました。
以前もマット運動があったのですが、
そのときにせいやくんもマットの上に寝転ぶことができるんだけどな〜、なんて思っていました。
看護師として授業中側にいることの意味は、もちろんせいやくんの安全・安楽の確保が第一ではありますが、看護師としての視点で、こういうことまでなら、このような工夫をすれば同じように参加できるのではないか、というOKがだせ、実行に移すことが出来るという点にもあると思っています。

ですから、今回、マット運動に形だけでも参加できたことは、私としてはとてもうれしく思いました。
この際せいやくん本人の感情はあえて聞かないことにしよう。ふふふ。

せいやくんが実際にマットに転がるということが実行できたのは、介助の先生に対するせいやくんの信頼感があったからだと思っています。
私が言ってもたぶんうまくことは進められなかったと思います。
なんといっても、「先生」であることは大切なことなのです。
せいやくんは病院にいたから、同い歳の子どもとは比べ物にならないくらい、大人の世界には詳しいのです。
(そうかと思うと、子どもって意外なところで知らなかったりするからおもしろいのですが。)
ですから、せいやくんは、看護師と先生の区別はしっかりとつけています。
だからこそ私も、あくまでも看護師であり、ふざけるときは先生方にはとても出来ないような???ふざけっぷりで、せいやくんに関わろうと思っています。
それが効を奏したのか?ややなめられているかも感はありますが。

実際マットに移動すると、せいやくんの視点はいつも以上にぐっと低くなり、(当たり前ですよね。床にほとんど平行なんですもん)みんなの動きがあまり見えなくなってしまいました。
配慮不足を感じ、手持ちのタオル等で枕にしてちょっと頭を持ち上げたりしてみましたが、イマイチでした。
みんなと同じようにマットに触れるということも大事ですが、みんなが見える、みんなと同じ視点にたてることも忘れてはならなかったのです。

せいやくんは車椅子に座っていますから、みんなが座っているときも、たっているときも、せいやくんの視点はみんなとは、ずれてしまいます。
できるだけ、同じような視点を感じさせてあげたいと思いながら、
そのことをいつのまにか頭のすみにやってしまっていたようでした。反省。
看護師としての視点を再度意識しなおしたのでした。

■今週のせいやくん 2006年6月5週目 (えみ先生レポート)

せいやくんの介助の先生が作っていたせいやくんの手(挙手するときに使う)が、長い試行錯誤の末?どうやらしっくりと落ち着いたようです。
せいやくんは挙手に使うのはもちろん、友達を呼んだり、近くにいる人にトントンと触れたりして自ら発信するのによい感じのようです。
私もつっこまれたりからかわれたりと、よいことばかりではない?のですが、
あまり大きい声の出ないせいやくんにとって、自分から人のからだに触れたりして注意を引くことが出来るのはすばらしいことだと思います。

“せいやくんの手”はせいやくんのサインを大きく見せるためにはとてもよいものだと思います。
でも自分から発信した何かを他の誰かが気付いてくれるということは、もっと嬉しいことです。
気付いてもらえたという安心は次の発信にもつながっていきます。
だから、どんな小さなサインも見逃さないように遠くから見ていようと思います。
でも、せいやくんばかりみていると、せいやくんを取り巻く環境に気付きにくくなるし、自分がせいやくんの社会に介入しすぎてしまう危険があるので、
やはり遠くから、でも確実に見えるところが一番だと思っています。

サインを大きくすることが出来たなら、次はもう一歩踏み出して、もっと遠くの人にそのサインを自ら発信していくことが出来ればいいなと思いまし
た。
たとえば顎でぽんと触れると“せいやくんの手”が挙がるとかね…。

“せいやくんの手”を本当にせいやくんの手を写しとって作られた先生のアイデアは素敵ですし、そこに意味もあるのだと思います。
一人のアイデアや行動力ではどうにもならなくても、協働することによって、これからもっとよいことが始まればいいなと感じたのでした。

■今週のせいやくん 2006年6月3週目 (えみ先生レポート)

暑さも日によっては本格的になってきました。
先週はまだ肌寒く、中止になっていたプールがいよいよはじまりました。

呼吸器つけてお風呂は病棟でもやっていましたが、お風呂は上下可動式だし、なんといっても波なんかたちやしません。
いざプールに入るまでは手順が気になって気になって、しかたありませんでした。
せいやくんママに聞いても、大丈夫ですよ〜とニコニコ。
ドキドキはおさまらず、去年プール介助をしたことのあるみほこさんに細かいことを確認し、いよいよ当日を迎えたのでした。

でも・・・。空は曇り空。果たしてできるのでしょうか?
私のプール介助初体験だけでも心配なのに、あんまりよいお天気とは思えない空模様では、せいやくんの体温も心配です。
他の学年がプールに入っているのを確認し、冷え対策に持ち物の再確認。
私の心の準備はなんとか整いましたが、なんといっても必要なのは当の本人のやる気です。
さて、そのやる気はというと・・・
昼休み中も、「やりたくな〜い」と決心がつかない様子です。

外は寒いし、からだは冷えるし、プールに入ると顔に水はかかるし、いやなことはいっぱいあります。
でも本当は、せいやくんママ以外の2人が始めてのプール介助だったというのが、一番心が決まらなかった理由なんだろうな、と思い、またごめんね、と心であやまったのでした。

でもそんなことに気付かないそぶりでおせおせモードで気分もりあげにかかり、いざプールへ。
プールはやっぱり寒かった!
でも水の中に入るとせいやくんも笑顔になっているではないですか。
よかったよかった。ちょっとは安心もしてもらえたかな?

呼吸器でプール!って最初はびっくりしましたが、プールに入っているせいやくんをみると、ごく当たり前のことのように思えました。
お風呂に入れるんだからプールだって入れる。
一歩踏み出す勇気と周囲の理解と、環境を整えるための工夫(せいやくんビート板には感動しました)があれば、安全にやることが出来るんだと思いました。

■今週のせいやくん 2006年6月1週目 (えみ先生レポート)

習字のとき、時々介助に入ります。
初めはやっぱり介助の人の字が影響するのではないか?と思っていたのですが、せいやくんの口の力?!は強く、やる気の有無一つできれいな字も汚い字もかけてしまう?のです。
私がもうちょっと長く!と思っても、そこはせいやくんとの息があわなければ長くはなりません。
だからやっぱりせいやくんの字なのです。

墨汁をつけないで、先に自分ひとりで教科書をなぞってもらったり、白紙に書いてもらったりしているのですが、墨汁の重みもないためか、実に筆運びはスムーズで、そして、とってもウマイ!のです。
これをやるといつも二人で、
「今のうまくない???」「墨汁つけないとうますぎるんだけど〜」「漢字のテスト筆で書けば〜」なんて笑っていますが、一人でくわえてやっているんだから、やっぱりうまいんだな〜と思います。
だから介助のときはドキドキです。
タイミングが合わなければ、うまくいきませんからね。
習字って本当に気合?いや、精神統一が必要なんだといまさら知ったのでした。

でも、練習の最初の1,2枚なんて、まだ、その字の特徴がつかめず、2人の息が合わないので、提出するのはいつも最後の方に書いたものなんですが、(当たり前だけど)練習のときとかは、ちょっと2度書きなんかしちゃうこともあります。
(こう書けるとよかったね、というイメージトレーニングということで。先生ゆるして〜)
一応?注意すると、せいやくんは自分のことを「意外とワルだから」なんて自慢?していました。

そんなあるひ、せいやくんが友達となにかこそこそっと話をしていたとき、横に座っていたのですが、「子どもどうしの話だから〜」と“放っておいてね。質問しないでね。”というニュアンスで友達が言いました。
そのとき改めて、せいやくんと友達の子どもたちの社会に首を突っ込みすぎていないか、自問したのでした。

せいやくんはいつも大人を介して勉強したり、作文を書いたり、自分の考えも感情もいつも側でみられています。
ふざけようにも、大人がいるものだから注意もすぐにされちゃうし、身体的にも限度があります。

本当だったら「意外とワル」なのかもしれない。
そんなせいやくんを大事にしていきたいと思ったのでした。

そして同時に、提出する1枚を決めるときに、もっと自分の意見を大切にし、主張できるように
なってもらえるよう働きかけようとも思ったのでした。
迷うのはよくわかるけどね。

■今週のせいやくん 2006年5月4週目 (みほこ先生レポート)

運動会─────────5月29日
 延期になっていた大運動会が5月29日開催されました。
せいやくんのクラスのみんなはソーラン節の踊りに気合が入っていました。27日延期が決まった時も何人かのお友達が教室で踊ってから下校したいと担任の先生に訴えていました。東北出身のわたしにとってソーラン節は、冬になって鰊(ニシン)漁の始まりを告げるニュースのBGMでした(みんなが踊るソーラン節とは少し違う節でしたが)。最盛期の鰊漁は大漁の時は御殿が建つと言われ、寝る時間もおしんで漁をし、その時に眠気ざましと元気づけに歌われていたと聞いています。テレビ画面の活気に満ちた漁の風景は今でもはっきり覚えています。同時に積もった雪の上に鰊が木箱のまま積まれ、やっぱり雪の中で貯蔵している大根と煮たり、焼いたりして毎日のように食べる、そうした冬の暮らし方も思い出されるなつかしい曲です。練習期間中に櫓(ろ)をこぐ場面について一人の先生が言いました。「そんなこぎ方ではだめ!船頭さんたちは歯を喰いしばってこいでいるのよ、力いっぱい!笑ったりする人は一人もいないのよ」と。ソーラン節のメイン部分の櫓をこぐ、網をたぐるのイメージができてどんどんしまった踊りになっていきました。想像することって素晴らしいですよね。運動会当日の校庭はやん衆(鰊漁をする若者)で賑わう漁場になっていました…ヤンキー集団じゃないですよ(^o^)。せいやままが言うように狩猟民族の血が騒いだのでしょうか。せいやくんと先生の踊りも一体化してましたね。運動会の日、みなさんにはせいやくんの踊りとして写ったと思います。あのスピードで介助が主であの踊りはできないですよね。島田先生の日誌で紹介されていたお昼休みも練習した結果です。
紫の鉢巻に黒の上下、本当にみ〜んなかっこよかったですね(^^♪。
  某テレビで毎年行われているソーラン節の踊りの大会を追っている番組を見ました。
タイトルは『それぞれのソーラン節』でした。参加者の日々の暮らしと併せて撮影されていきます。発表の舞台の上ではでひとつになって踊っているそれぞれの人々にはそれぞれ異なる日々の暮らしがあります。泣いた、笑った、怒った一年が頭をよぎるそうです。そうしてまた来年踊るのです。その年の踊りに自分の人生史が重ねられていくのだそうです。学校でも代々踊られるようになったソーラン節、みんなはこの4年生の時のソーラン節をどんなふうに思い出すのかなと感傷に浸ってしまいました。もちろん、大運動会ですから他にもいっぱいプログラムがありました。お日様はみんなの様子をみながら出たり隠れたりしてくれて?何とか無事閉会式を終えました。後日、焼けすぎてしまったかなと思われるせいやくんの肌をみるまでは(-_-;)。 わたしにとって始めての運動会は、看護師として暑さ対策、競技別に行う介助などの中にいくつかの課題を残しながらも、こうして楽しく終わりました。それと同時に、せいやくんの持てる力の多くは家庭における育児はもちろんですが、育がつくせいやくんの環境(保育・学校における教育)の中で育まれていることを改めて再認識させられた有意義な行事でした。飛ばし読みにしていた育児の生理学をもう一度きちんと読み直そうと思いました。

■今週のせいやくん 2006年5月3週目 (えみ先生レポート)

GWが終わり、郊外学習も無事に終了し、暑さとともに、運動会の練習もいよいよ本格的になってきました。
お母さんの心配どおり(?)ソーラン節は早くて難しい!
でも長年踊り継がれているおかげか、みんなはもうほとんど知っています。
せいやくんも先生と相談しながら試行錯誤して踊りに参加しています。
お昼休みには何名かの子どもたちが自主練習をしています。通しておどると相当な運動量だと思うのですが、みんな何度も何度も踊っていました。
そして、せいやくんはといえば…、バッチリ口を使って最高の踊りをしていました!

また、別の日にはポンポンを作る作業があったのですが、これまた上手に口をつかってポンポンを裂いて作りあげました。

せいやくんのお口エピソードといえば、ご存知の方も多いと思いますが、せいやくんは舌でさくらんぼの枝を結ぶことが出来ます。
私自身はできないので、せいやくんがそれを出来ると知ったときには見たくてワクワク。
先生達には内緒?ですが、給食の時間にやってもらっちゃいました。(ふざけてはいけませんね〜。へへへ)
なんと、春雨やもやしでも出来ちゃうのです!
もちろん口では「食べ物で遊んじゃダメ〜」と注意していましたが、私の目があまりにも輝いていたせいか、せいやくんはもりもり結んでくれました。

「怪我をしてからできるようになったんだ」と言っていたせいやくん。
恥ずかしがりやなのもあってか、前に前にと出て行くタイプではありませんが、それぞれの場で、自分の持てる力を最大限に活かそうとしているその姿に感心したのでした。
せいやくんは学校では友達や先生に恵まれています。
けれども一歩外へ出ればすべての人にありのままの姿を受け入れてもらえるとは限りません。
せいやくんが勇気を振り絞らなくとも、自然にもう一歩前にでられるような社会にしていくことが私たちのできることなのだと考えたのでした。

■今週のせいやくん 2006年5月2週目 (みほこ先生レポート)

校外学習に行って来ました。─────────5月12日
 目的は事前に社会科で学習した清掃工場とリサイクルプラザの見学です。
車椅子からバスの座席に移動しては去年と同じようにということでした。でも、一緒に行くわたしも、担当の先生も初めてです。せいやママの手順説明と介助のもと行ってきました。今年のバスには収納スペースがあるので車椅子はせいやママの車には乗らず一緒にのところで思わずみんなで「オオーッ」と歓声をあげてのスタートでした。せいやママはバスには乗りません。でも、わたしはあまり不安ではありませんでした。せいやくんは何をどんなふうにしてもらいたいかをきちんと伝えてくれるからです。前にも書いたのですが、わたしが実践するケアの内容が適切かどうかの判断もきちんとしてくれます。このことはせいや君が持っている大きな力です。同時にはじめての分野で勤務するわたしにとっての大きな支えで、せいやくんの安全を守るわたしの力なのです。もちろんお友達も一緒だからです。 清掃工場での一番人気は3Dをかけて見る「ごみの行方」でした。映像のリアルさに悲鳴や歓声が響きました。ごみが再生される経過・焼却熱の電気化とその利用法、巨大カニ形クレーンにはびっくりしたりしてリサイクルプラザへ移動しました。みんなも、とても熱心でごみ問題の明るい将来が見えるようです。リサイクルプラザでも同様でした。
  バスの中はちょっとした小遠足の雰囲気でした。去年と同じ一番前の座席でしたが座席が高いので対向車がトラックの時はスレスレ、信号機もとっても近く大きく見えます。大きなバスが右折・左折する時のダイナミック?な運転手さんのハンドルさばき、せいやく(1)んは「スゴーイ」と声を上げて喜んでいました。わたしはちょっとこわいと思ったのにせいやくんの笑顔ははじけんばかりでした。時間が押されてリサイクルプラザで見るはずだったビデオがバスで流されました。ポケモンの映画です。バスの中は大歓声に包まれシーンと静まり返りました。それまで、先生に何回注意されてもなくならなかったおしゃべりがひとつも聞こえません。ポケモンの力は凄いと思いました。もちろん手違いですが、しばらく流れました。止まった瞬間、がっかりあらしでしたがこれは仕方ありませんよね。先生たちも苦渋?の決断ですよね(>_<)。わたしはそのあとカラオケでも披露したというせいやくんのポケモンの歌を聴くことができたんですよ(^^♪。
  そういえば、(1)わたしたちの肝臓も壮大な科学工場なんですよね。2500億個の細胞からなる人体最大の臓器で、たった1個の肝細胞は500種類にものぼる化学工程を短時間で行うそうです。肝心要の肝臓、大切にしましょう。まだ、みんな、熱いうちにビデオが見れたらと思ったのですが、録画してませんでした。残念(―_―)!!
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(1) NHK取材班:驚異の小宇宙・人体―壮大な化学工場・肝臓―日本放送出版会、1989

■今週のせいやくん 2006年4月3週目 (みほこ先生レポート)

せいやくんの細胞を支える素敵なお友達─────────給食が始まって
 唐突ですが、わたしたちの体は、元をたどれば、たった1個の細胞が何度も分裂・増殖して成人で約60兆個の細胞でできています。ちなみに生まれた時は約3兆個(身長50p・体重3kg位で)だそうです。この60兆個の細胞のひとつひとつには生命を維持するのに必要なすべてがしっかり組み込まれています。この細胞たちは、それぞれの仕事を休みなく行い任務が終了すれば自滅し新しい細胞に引き継がれます(細胞の造り替え)。その数は1日5000億〜1兆個と言われています。毎日です。余談ですが、細胞の作り変えは夜行われるそうです。活動している昼間は他に仕事がいっぱいあるので夜、特に眠っている間に行われるそうです(寝る子は育つの根拠ではとも言われてます(^o^)))
この頑張る細胞君たちの栄養はどこから取るのでしょう。それはずばり食事です。学校での給食時間は看護者として、せいやくんの細胞たちに栄養をとってもらう1食を担う重要な仕事です。そう意気込んで「さあ、大好きな給食をいっぱい食べましょう。これは、血となり肉になります」ってせいやくんを見ると眠ったふり(^_^;)
でも、せいやくんの細胞たちには強い味方がいるのです。お友達です。食事の内容で大切なことがあります。それはお肉・野菜・穀物と偏食しないでいろいろ食べる事です。人間はもともと、この地球で生まれた食材だけを食べて進化してきたからです。給食のメニューはこのことがきちんと考えられています。お友達は、量は少なくても、(係りのお友達はせいやくんにちょうどいい量をよそってくれます)全種類食べるように進めます。わたしが、これは残してもいいんじゃないなんて言ったら、せいやくんの栄養が偏るから鬼にならないとだめと反対に叱られて?しまいます。素敵な鬼さんたちです。食事について最も大事な事がもうひとつ。それは、楽しく食べるという事です。消化器系を担っている神経系が優位になることで食べた栄養素の吸収がよくなるそうです。素敵な鬼さんたちに囲まれて食べてるせいやくんは言葉では「もういらな〜い」と言ってますが顔はにこにこ、お口モグモグです。食べたものは、わたしたちが眠っている間、一晩かけて消化器系が処理します。お夕飯はあまり遅くならないうちに食べて十分な睡眠時間をとってあげたいですね。今夜も、せいやくんの体の中ではお友達の思いいっぱいのスペシャル元気な細胞君たちが誕生しています。そしてわたしは今日も、素敵な鬼さんたちに完敗です\(^o^)/。
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* 【引用文献】境 章:目でみるからだのメカニズム、医学書院、2001

■今週のせいやくん 2006年4月2週目 (えみ先生レポート)

始業式でせいやくんと顔を合わせてから、1週間も間があいてしまいました。
何事もありませんようにと祈りながら学校へむかいましたが、
実際にせいやくんにあって、手技等確認したのは1度きり、しかも1週間前!
私以上にせいやくんの不安は大きかったと思います…。

月曜日には教室移動があり、体温調節の難しさを実感しました。
食事介助すらオロオロ。その上、給食はせいやくんの嫌いなもの…。
体温調節がうまくいかず、調子が悪いときに、
介助やコミュニケーションもいまひとつな状況に、
せいやくんは思わず涙…。

せいやくんには本当につらい1日だっただろうし、申し訳なく思っていますが、
この日のおかげで、私はせいやくんに、ぐんと近づけたとも思っています。
まずは気持ち。そして手技は1日づつゆっくりですが、…多分…。

そんな中、なんとか無事に金曜日を迎えることができました。
金曜日は1年生を迎える会がありました。
せいやくんは…といえば、
新1年生として入学したすばるくんをすばやく探し出し、
小学校の先輩として?きびしく、そして家族として温かく見つめていました。

せいやくんが安心して笑顔で学校生活を送れるよう、
精一杯がんばりたいと思います。よろしくお願いします。

■今週のせいやくん 2006年4月1週目 (みほこ先生レポート)

4月5日(水)・始業式 初出勤の日
 「ケア(看護・介護)とは、生活にかかるあらゆることを創造的に、健康に整えるという援助行為を通して、小さくなった、あるいは小さくなりつつある生命(力)の幅を広げ、または今以上の健康の増進と助長を目指して、その人の持てる力が最大に発揮できるようにしながら、
生活の自立とその質の向上を図ることである。…一部省略」 *1
 これは、わたしが会員になっているKOMI理論研究会 *2 が示している看護・介護の定義です。
 体育館での始業式を終えて教室に行きました。
 教室の窓からは、ほぼ満開の桜が見えていました。
 今日から、せいやくんの学校生活という場でわたしの仕事が始まります。前述した定義に沿ったケアの実践に努めていかなければいけません。
 今まで、病院勤務しか経験がありません。そしてそのほとんどは成人外科系でした。学校勤務は未知の環境です。そのことに対する不安と緊張感があります。でも、せいやくんと一緒の楽しい学校生活への期待感も同時に感じています。
 この日は始業式でしたからこれでさようならでした。
 初出勤の記録として決意を書きとめておきます!(^^)!
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*1 金井一薫『KOMI理論』p.33,現代社
*2 ケア原理の淵源を、F.ナイチンゲールの思想に求め、彼女の発見になる“看護の原理”を継承し、
  さらに新たなる時代に向けて研究発展させていくことを、第一の目的に掲げる会で創設者=金井一薫。

4月6日(木) 落ち込み
 昨日、決意を書き留めたわたしの勤務が始まりました。
 生命体にとって不可欠である酸素の道を確保する吸引処置がぎこちなく、受けるせいやくんに苦痛と不安を与えてしまいます。授業を受けるための肩位置などの適切なポジショニングもうまくできません。なかなかピッタリの位置に辿り着きません。
 授業は進みます。そうこうしているうちに呼吸器との連結部がはずれたりていまいます。せいやくんもわたしもちょっと涙目になってしまいます(;O;)。
 せいやくんは、前任の看護師たちの慣れた手技を受けていただけに、ショックと不安が大きくなったと思います。わたしは、のりこ先生が辞める時のうまく介助できない「書き方」の場面を思い出しました。その時の新しい看護師になるかもしれない見学者はわたしです。あの後、わたしももしせいやくんの看護師になったらうまくいかなくてどうしようなんて言ってはいけない、できるように取り組むしかないと思いました。
 今、せいやくんは一生懸命、こうしてとか、もう少し浅くとかアドバイスしてくれます。この場を借りて、のりこ先生に報告します。 
 短縮時間割なので、こうしてこの日は終わりました。ごめんね、せいやくん。わたし、技術の向上に努めます!
 落ち込んだのにとっても嬉しい1日(半日?)でした(*^_^*)

4月7日(金)   せいやママのケアはアート(芸術)!
 落ち込んだ翌朝、せいやママが明るく切り出してくれました。「吸引の事ですけど…」この言い出し方に気遣いが感じられ、わたしはちょっとウルッとなりました。そして文字通り手とり足とりで説明してくれました。「いろんなやり方があると思うんですけど、やっぱりわたしが長いのでせいやは慣れてしまっているんだと思うんですよ」という看護師のわたしへの配慮もさりげなく言葉にしてくれました。
  せいやママのケアは本当に芸術的です。流れるようになめらかにピタッと決まります。荒川選手の金メダルスケートを見ているようです(?) 肩位置についても実践で説明してもらいました。これも、うっとりでした。口にはだしませんでしたが、凄い、せいやママ!と心から思いました。
  そして、わたしの最強のライバルですと勝手に決めちゃいました!(^^)!
  ママが帰った後ですが、わたしの練習の成果?とママの指導のおかげで進歩しています。もちろん、せいやくんの適切なアドバイスがあってですが。
  それと今日から給食が開始になりました。給食にはちょっとこだわりがあります。長くなりますので次にします。
  今日はルンルンで帰りました。明日が待ち遠しいです。